この一本は連載の本筋から外れます。戦争論ではありません。ただ、あの場面で科特隊が食べているカレーの来歴に、少し戦争が関わっていたので、書くことにしました。
■今回取り上げる話
『ウルトラマン』第34話「空の贈り物」に、忘れがたい場面があります。
超重量怪獣スカイドンをなんとか宇宙へ追い払った科学特捜隊が、基地でカレーを食べています。作戦成功の、遅い食事です。ところがそこへ、連絡が入りました。事情を知らない自衛隊が、空に浮いたスカイドンを撃ち落としてしまった、と。
慌てて飛び出したハヤタが、ウルトラマンに変身しようと右手を高く掲げます。ですがその手に握られていたのは、ベーターカプセルではなくカレーのスプーンでした。
ウルトラシリーズを代表する笑いの場面です。ですが、このいちばん平和に見える一皿には、少し意外な来歴があります。
■このカレーの、来歴
日本のカレーライスの広まりには、軍隊が関わっています。
明治のころ、脚気という病が深刻でした。手足がしびれ、重ければ命に関わる。原因はいまでは分かっていて、ビタミンB1の不足です。ですが当時は分かっていませんでした。とくに海軍で、白米ばかりを食べていた乗組員に多く出ます。一八八三年、遠洋航海に出た練習船では、乗員三百七十六人のうち百六十九人が脚気にかかり、二十五人が亡くなりました。
海軍軍医の高木兼寛は、イギリス海軍に脚気の患者が出ないことに目をつけます。食事の違いではないか、と考えたのです。日本の食事は炭水化物に偏り、たんぱく質が足りない。そこで彼はイギリス海軍を参考に、兵食を洋食へ改めました。そのなかに、肉と野菜を煮込んでとろみをつけ、白米にかけるカレーがありました。栄養があり、大量に、同じ手順で作れる。軍艦の食事に向いていたのです。
ただし、ここは正確に言っておきたいと思います。海軍が日本にカレーを広めた大もとだ、とよく言われますが、そう単純ではないようです。海軍料理を研究してきた人によれば、昭和のはじめにはすでに民間のカレー粉が普及し、家庭でも作られはじめていた。海軍は、その広まりつつあったカレーを献立に取り入れたのだ、といいます。
どちらが先か、はっきりとは決めきれません。ですが、確かなことが一つあります。栄養を効率よく、大勢に、同じ味で配る。その必要から軍がこの一皿を選んだことです。そして故郷に帰った兵が、その味を地方へ持ち帰ったとも言われています。
■この場面の意味
軍隊の食事に決められた献立があるのは、理由があります。兵を動かし続けなければならないからです。栄養が要る。手早く作れなければならない。大勢にむらなく行き渡らなければならない。カレーは、その条件によく合いました。人を戦える状態に保つための一皿だったのです。
その一皿が家庭に入り、母の味になりました。いまではカレーと聞いて軍艦を思い出す人は、ほとんどいません。日曜の台所や、遠足の飯盒を思い出すはずです。動員のための食事が、いちばん穏やかな食卓の象徴になった。来歴は味の奥に畳まれて、見えなくなっています。
だから、科特隊がカレーを食べている場面は、二重に面白いのです。彼らは地球を守る、戦う組織です。その彼らが作戦のあと、ほっと一息ついて囲んでいるのがカレーでした。もともと戦うための食事だったものを、戦いの合間の団欒として食べている。そして皿を置く間もなく、また事件が起きる。スプーンを掲げてしまう。
戦争は多くのものを壊します。ですが、その過程で生まれた工夫や習慣が、戦いとは関わりのない暮らしのなかに残っていくこともあります。科特隊の食卓のあの一皿は、そんな来歴をそっと思い出させてくれます。もっとも、あの場面の科特隊はそんなことをみじんも考えていません。ただ、おいしそうに食べているだけです。それでいいのだと思います。
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