※この記事は、過去に投稿した内容に加筆・修正して再掲載したものです。

■今回取り上げる話

はじめにお断りしておくと「シン・ウルトラセブン」はまだ正式に発表された企画ではありません。『シン・ウルトラマン』の続編構想として語られてはいるものの、現時点ではあくまで「もし作られたら」という想像の段階にとどまっています。
さて、ウルトラセブン――モロボシ・ダンはM78星雲の「恒点観測員340号」として知られています。宇宙を観測し、地図を描く者。それが彼の本来の肩書きです。
ところが調べてみると奇妙なことに気づきます。全49話の本編で、「恒点観測員」という言葉は一度も語られていません。最終回で明かされるのは、「340号」という呼び名までです。観測員という職業も、観測の目的も、本編の外——書籍や資料の設定として伝えられてきたものでした。
そして、画面の側にも同じ空白があります。私たちは地球を守って戦うセブンの姿ならいくらでも思い出せる。けれども「観測員」としてのセブンが観測員らしく仕事をしている場面を、ただの一度も見ていないのです。彼が何を観測し、何を記録し、どこへ報告していたのか――その肝心の仕事はついに描かれませんでした。これほど印象的な肩書きを与えられながら、その中身は言葉の上でも画面の上でも空白のまま残されている。
この記事で光を当てたいのはその空白です。340号とはいったい何をする仕事だったのか。そしてそれを掘り下げていくと、ただの設定の穴埋めでは終わらないある問いに行き当たります。

■描かれなかったテーマ

観測とは単に眺めることではありません。対象を調べ、記録し、報告する――情報を集めて、使える形に変える仕事です。そしてこの仕事は昔から戦いの土台に置かれてきました。敵がどこにいるのか。地形はどうなっているのか。どの道を通れば兵を動かせるのか。それを知らないまま戦う軍隊は、目を閉じて殴り合うようなものです。戦いの勝敗は引き金を引く前の「観測」ですでに半分が決まっている――そう言ってもいいかもしれません。
その代表が地図です。探検家や測量家は、地形や海流や人の暮らしを測り、記録し、地図に起こしました。ですがその地図は決して中立な知ではありませんでした。正確な地図は純粋な知の成果であると同時に、国家にとっては領土を広げ、軍を進め、他国を支配するための道具でもあったのです。観測とははじめから「平和のための知」と「力のための知」の両方を抱えた営みでした。
そして興味深いことに、この「観測は中立ではいられない」という主題を、ウルトラシリーズはごく初期から描いてきました。地球が放った観測ロケットや探査機が、相手の星には侵略と映り、報復を招く――『ウルトラQ』の「宇宙からの贈りもの」も、「ウルトラ警備隊西へ」も「闇に光る目」も、その筋書きでした。観測する側は平和のためと言い、される側は一方的に覗かれた行為と受け取る。このすれ違いが、戦争の火種になったのです。
ただし、これらはいずれも地球人が他の星を観測する話でした。ここで視点を裏返してみます。ダンの正体であるセブンこそ、太陽系を覗きにやってきた異星の観測者だったのではないか。観測される側の脅威をシリーズはあれほど描きながら、観測する側であるセブン自身の観測だけはついに画面に映さなかった。
では、その340号は何を観測していたのでしょうか。太陽系を観測し、恒星間の航路図にあたる宇宙軌道図を描くこと――設定はそう伝えています。つまり彼は宇宙という広がりの「地図」を作る者だったのです。地球の測量家や探検家と同じ系譜に連なる観測者。ここにこの記事の問いが姿を現します。その地図ははたして中立な記録なのでしょうか。

■ストーリー

茨城県のある炭鉱で落盤事故が起こります。事故の前には決まって、カメラのフラッシュのような発光が走っていました。依頼を受けたウルトラ警備隊は、事故の調査と坑道に取り残された青年・薩摩次郎の救出に向かいます。この次郎こそ、かつてセブンが地球に来た日に自らザイルを切って友を救おうとしたあの青年――セブンが姿と魂を借りた相手でした。
ダンたちはマグマライザーで地下深くへ潜り、やがて地底に広がる巨大な地下都市にたどり着きます。一連の地震と落盤の源はこの都市でした。都市にはそれを守る人型ロボット・ユートムがいて、侵入者を許さず、ダンを焼き殺そうとします。
けれどもウルトラ警備隊は、この都市が誰によって、いつ、何のために築かれたのかを調べることなく、爆弾で破壊することを選びます。ダンはセブンに変身してユートムを退け、次郎を救い出し、地上へ脱出します。背後で、地下都市は大爆発を起こして消えていきました。
地上に戻ったキリヤマ隊長は地球のことすら我々はまだ何も知らないのだと静かに漏らします。あの地下都市が宇宙人の侵略拠点だったのか、それとも人類より遥か昔から地球に住む先住の民の文化だったのか――それは最後まで誰にもわかりませんでした。観測を任務とする者が乗り込みながら、未知の文明を一度も観測しないまま葬った回。それが、この「地底GO!GO!GO!」なのです。

■現実世界の話

観測が中立ではいられないことは、現実の歴史が繰り返し示してきました。
伊能忠敬は全国を歩いて測量し、驚くほど精密な日本地図を作り上げました。その地図は行政のためであると同時に国防とも切り離せないものでした。彼は戦士ではありません。まず観測者でした。しかしその観測こそが後の力の土台になったのです。
十八世紀の探検家ジェームズ・クックが描いた太平洋の海図も同じです。多くの島や海岸線を初めて正確に記録したその海図はやがて、その海域への入植と支配――軍事的な進出の道を開くことになりました。知られざる土地を測り図に起こすことは、そのままそこへ軍を送り込む準備にもなる。観測は戦争の引き金よりも前に、静かに戦争を準備するのです。
そしてこの構図は遠い過去の話ではありません。現代でも偵察衛星や海洋調査や宇宙開発は科学であると同時に、安全保障と分かちがたく結びついています。誰かの集めた「中立なデータ」が有事にはそのまま軍事情報に姿を変える。それが観測という営みの変わらない性質なのです。

■シン・ウルトラセブンで描いてほしいこと

セブンは恒点観測員ですが、その観測の仕事はこれまで一度も描かれていません。もしシン・ウルトラセブンが作られるならその観測員としてのセブンを描いてほしいと思います。
観測は、中立ではありません。この連載で見てきたとおり、平和のための観測が力のための観測にもなります。宇宙を測り、地図を描くセブンにもそのことは当てはまります。観測される側はこれまで何度も描かれてきました。今度は観測する側を見てみたいのです。
なお、後年の平成『ウルトラセブン』では、ある宇宙人の言葉を通じて観測員には「観測する星の生命に手を出してはならない」という掟があることが示されています。観測とは本来、相手に触れずただ測り、記録する仕事のはず、というわけです。けれど340号はその掟のこちら側へ降りてきて、戦い、傷つき、地球の一員になりました。測るだけの者でいられなかった観測員が何を記録し、どう報告したのか。『シン・ウルトラセブン』で見てみたいのはその観測の帳面です。
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