■今回取り上げる話

ウルトラセブン「遊星より愛をこめて」は、半世紀以上、再放送も映像ソフトへの収録もされていません。ウルトラシリーズで唯一の、永久欠番です。
封印された作品として、好奇の対象にされることが多い一話です。ですが、本稿で見たいのは、その中身の刺激ではありません。なぜ、この一話だけが表から消されたのか。消された経緯から、何が見えてくるのか。見たいのは、それだけです。

■今回のテーマ

戦いや災いが終われば、被害も終わる――とは限りません。体や暮らしに受けた傷は、出来事が過ぎたあとも、その人のなかに残り続けます。とりわけ放射能の害は、その瞬間だけでは終わらず、長く尾を引きます。
作家ヨーゼフ・ロートは『反逆――ある戦争障害者の物語』で、戦争に体を奪われ、その後の人生を変えられてしまった男を描きました。戦いは、とうに終わっています。それでも、その傷は終わっていません。
そして傷は、後年、思わぬ形で、また問題になることがあります。負った人が、自分の傷の「描かれ方」と向き合わされるときです。この回の欠番は、そこに触れています。

■ストーリー

事件は、若い女性たちの不可解な死から始まります。彼女たちは、突然倒れ、命を落とします。調べると、全員が白血球を著しく欠き、原爆症にも似た症状を示していました。そして、もう一つの共通点がありました。地球には存在しない金属でできた、メーカー名もない奇妙な腕時計を、身につけていたのです。
手がかりは、思わぬところから現れます。アンヌ隊員の高校時代の友人・早苗も、同じ腕時計を持っていました。贈り主は、早苗の恋人・佐竹。ですが、その佐竹の正体こそ、人間の姿で地球に潜入したスペル星人だったのです。腕時計には、つけた者の血を、ひそかに奪う仕掛けがありました。
なぜ、彼らは血を奪うのか。スペル星人の母星スペル星は、スペリウム爆弾の実験に失敗し、その放射能で汚染されていました。星人自身も放射能を浴び、血を汚されてしまったのです。生き延びるには、汚れていない新しい血がいる。やがて彼らは、大人より子供の血のほうが「純度が高い」として、狙いを子供へ移そうとします。
計画に気づいたウルトラ警備隊は、スペル星人のアジトを突き止めます。追い詰められた星人は巨大化して暴れ出しますが、ウルトラセブンがこれを撃破しました。円盤もろとも、侵略は阻止されたのです。

■現実世界の話

戦争が終わっても、被害が残り続ける例は、いくらでもあります。
第一次世界大戦では、おびただしい数の兵士が、手足や視力を失い、戦後の長い人生を、障害とともに生きることになりました。第二次世界大戦では、故郷を追われた難民・避難民が大量に生まれ、その多くは、二度と元の土地に帰れませんでした。
そして、核と放射能の害は、とりわけ長く尾を引きます。爆発の瞬間を生きのびた人々を、その後何十年も、病が、そして世代を越えた不安が、苦しめ続けました。
こうした人々は、「戦争が終わったから、元どおりになる」わけではありません。戦争の結果は、その人の人生のなかに残り続けます。戦争の被害は、戦場の広さだけでは測れないのです。

■この話の意味

この回が放送されたとき、すぐに問題になったわけではありません。声が上がったのは、三年後です。
1970年、ある学年誌の付録カードが、スペル星人を「被爆星人」と紹介しました。劇中の設定――母星が放射能で汚染されている――から付けられた名前だったのでしょう。ですが、その名は、人を襲い、ヒーローに退治される怪物に、現実の被害者の呼び名を重ねてしまいました。
カードを見た子が、父親に伝えました。父親は被爆者の団体に関わる人物で、抗議文を送ります。声は新聞に報じられ、広島・長崎の団体を巻き込んで広がりました。円谷プロはこの回を欠番とし、以来、表に出していません。
作り手が何を意図していたかは、分かりません。放射能の被害を真剣に描こうとしたのか、ただ怪獣の設定として使っただけなのか、いまとなっては確かめようがありません。ですが、意図がどうであれ、現実の被害者は、自分たちの傷を怪物の名として流通させることを拒み、それを止めさせました。
被害は、出来事が終わっても、その人のなかに残ります。そしてときに、後年、それがどう描かれるかという形で、また表に出ます。被爆者たちがこの一話に声を上げたのは、被爆から二十五年がたった後でした。それだけの時間がたっても、自分たちがどう描かれるかは、まだ放っておけない問題だったのです。
この回は、いまも欠番のままです。
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