■今回取り上げる話
ウルトラマン「故郷は地球」に登場するジャミラは、もともと怪獣ではない。国家の威信をかけた宇宙開発のなかで宇宙へ送り出され、事故で水のない星に取り残され、見捨てられた末に、変わり果てた姿になった――一人の宇宙飛行士である。つまりジャミラは、加害の産物だ。彼を怪獣に変えたのは、彼を打ち上げ、そして見殺しにした、地球の側である。ところが、この回で問われるのは、その加害ではない。問われるどころか、彼が被害者であった事実そのものが、力のある側の手で、消されていく。彼は「かわいそうな犠牲者」ではなく、「退治すべき怪獣」として扱われる。誰が被害者と認められ、誰が認められないか――この回が描いているのは、その線引きの政治である。
■今回のテーマ
「被害者」とは、ただ傷ついた人のことだと思われがちである。だが現実には、誰が被害者と認められ、誰が認められないかは、しばしば、力の強い側が決めてしまう。本当に苦しんでいる者の声は届かず、力を持つ者の言い分のほうが通る。ときには、加害した側が、自分こそ被害者だ、という顔をする。メディア研究者のリリー・チョウリアラキーは、これを「被害者性の政治」と呼んだ。誰の苦しみが被害者の苦しみとして認められ、誰の苦しみが黙らされるか。それは、当人の傷の深さではなく、その場の力関係で決まることが多い、というのである。「故郷は地球」は、この問題を、一人の飛行士の運命として描いている。ジャミラは、まぎれもない被害者だった。だが、その被害者性は、彼の手から、二度にわたって取り上げられる。
■ストーリー
国際平和会議を間近に控えたある日、見えないロケットによって、各国の航空機が次々と撃ち落とされる事件が起きる。その正体は、怪獣ジャミラであった。だがジャミラは、生まれついての怪獣ではない。かつて、国家の威信をかけた宇宙開発のなかで宇宙へ送られ、事故で水のない惑星に取り残された、宇宙飛行士のなれの果てだった。母国は彼を救わず、その存在ごと、なかったことにしていた。被害者性が最初に奪われたのは、この時である。彼が遭難した事実は隠され、彼は「いなかったこと」にされた。そして、地球に戻った彼を待っていたのも、また隠蔽だった。パリ本部は、ジャミラの正体を知っている。にもかかわらず、隊員たちにこう命じる。彼の正体は伏せよ。宇宙から来た一匹の怪獣として、葬り去れ。それが、国際平和会議を成功させる唯一の道だ、と。被害者であった者を、あえて「ただの怪獣」として扱う――非人間化が、ここでは、上からの命令として現れる。ウルトラマンは、ジャミラを水で攻める。水のない星で見捨てられた者が、皮肉にも、その水によって倒される。彼は最後まで、自分が何者であるかを、人類に名乗ることがなかった。(事件のあと、科学特捜隊は彼の墓標を建てる。その墓碑が何を語り、何を隠すのかについては、別稿「ジャミラの墓標は何を語るのか」に譲る。)
■現実世界の話
誰が被害者と認められるかを、力のある側が決める。これは、現実の戦争にも、くり返し現れる。語られない被害者がいる。自軍の失敗で死んだ兵士。味方の誤射で倒れた者。あるいは、自国が起こした災いの犠牲者。こうした「都合の悪い被害者」は、しばしば記録から外され、沈黙させられる。それを認めれば、語る側の落ち度が、明るみに出てしまうからだ。被害そのものが消えるわけではない。被害者として数えられることが、拒まれるのである。そして時には、加害した側が、被害者の顔をする。侵略を「やむをえない自衛だった」と言い換え、自分たちこそ脅かされていたのだ、と主張する。攻めた側が、攻められた側のように語る。誰が被害者かをめぐる争いは、それ自体が、一つの戦いなのである。
■この話の意味
ジャミラは、まず、被害者として生まれた。国家が彼を宇宙へ送り、事故のあと、救わなかった。被害は、ここで生まれている。だが、その被害者性は、二度、取り上げられる。一度目は、遭難そのものが隠されたときである。彼が事故で取り残された事実は、国家の都合で伏せられた。被害者がいたことすら、公には、なかったことにされた。二度目は、彼が地球で「一匹の怪獣」と呼ばれたときである。本部は、彼を生んだ加害には触れず、彼のほうを、消し去るべき脅威に仕立て直す。被害者は、いつのまにか、人類を襲う悪役にされている。そして、彼を見殺しにした側は、襲われる「人類」の中に、そっと紛れ込む。被害者を「ただの怪物」と呼び替えること。それは、ただの侮蔑ではない。加害の事実を、被害者の側の罪へとすり替える、手続きである。怪物には、被害を訴える資格がない。声を上げれば、それは「人類への攻撃」として処理される。こうしてジャミラは、被害者でありながら、被害者として扱われる道を、最初から断たれていた。ジャミラは、最後まで、自分が被害者だと名乗る機会を持たなかった。声を持たない怪獣の姿で人類に襲いかかり、水に倒れた。彼が本当は被害者だったという事実は、彼を「怪獣」と呼んだ側の物語の外に、置き去りにされたままである。