■今回取り上げる話
メフィラス星人は、地球を侵略しに来た。だが、奇妙なことに、彼は地球を「奪おう」とはしなかった。
紳士を自称するこの宇宙人は、「暴力は嫌いでね」と言う。その圧倒的な力で街を蹂躙することもできたはずなのに、彼が求めたのは、たった一つ――ひとりの少年に、「地球をあなたにあげます」と、言わせることだった。
なぜ、奪わずに、わざわざ言わせるのか。もし少年がその一言を口にすれば、メフィラスは胸を張って、こう言える。「私は奪ったのではない。譲り受けたのだ」と。「禁じられた言葉」が描くのは、武力ではなく、相手の"承諾"によって成し遂げられる侵略――その、ぞっとするような構造である。
■今回のテーマ
侵略と聞けば、多くの人は、軍隊が乗り込み、街を占領する光景を思い浮かべる。だが、支配というものは、必ずしも力ずくで訪れるわけではない。それどころか、最も長続きする支配は、支配される側が、それを受け入れ、「正当なものだ」と感じているときにこそ、完成する。鎖でつながれた者は、隙あらば逃げ出す。だが、自ら進んで従う者は、逃げようとすら思わない。
思想家アントニオ・グラムシは、権力が、剥き出しの暴力だけでなく、人々の"同意"を通じて維持される仕組みを論じた。支配は、銃で強いられるよりも、「これでよいのだ」と納得させられたときにこそ、ゆるぎないものになる、というのである。
だからこそ、現実の歴史では、侵略はしばしば、条約、契約、保護、承認といった"形式"をまといながら進められてきた。重要なのは、どんな形式が取られているかではない。その形の裏で、本当は誰が、誰を、意のままにしているのか――である。
■ストーリー
航空ショーの最中、ハヤタ、フジ、そしてフジ隊員の弟サトル少年が、忽然と姿を消す。三人をさらったのは、紳士を名乗る宇宙人、メフィラス星人だった。
メフィラスは、サトルに、ただ一言を求める。「地球をあなたにあげましょう」と言ってくれ、と。応じなければ、彼は容赦なく圧力をかけた。フジ隊員を巨大化させて意のままに操り、東京の二十八番街を破壊させる。バルタン、ケムール、ザラブといった怪獣の姿さえ呼び出して見せつけ、少年の心をくじこうとする。
それでも、サトルは屈しなかった。「ヤダ。絶対に、ヤダ」。たった一人の少年が、最後まで、その言葉を拒み続けたのである。
やがてハヤタはウルトラマンとなり、メフィラスと対決する。戦いは、互いに決着がつかない。だが、メフィラスは去ってゆく。地球人の――いや、ひとりの少年の心に宿った、譲らぬ意志を前にして。
■現実世界の話
このような構図は、空想の中だけのものではない。たとえばアメリカ大陸の植民地化は、単なる武力征服だけで進んだのではなかった。
多くの場合、土地の取得は、条約や、土地譲渡の協定といった"形式"を通じて、正当化された。もちろん、その背後には、つねに軍事力があった。それでも侵略者たちは、「我々は奪ったのではない。合法的に譲り受けたのだ」という体裁を、整えようとしたのである。
その手口には、いくつかの型がある。指導者を、脅しと利益で抱き込み、「契約」を結ばせる。従わない指導者は排除し、従順な人物にすげ替える。すでに従えた集団との合意を盾に、より広い範囲へと権利を主張する。近代以降も、満洲国やヴィシー政権のように、現地の政府を表に立てながら、実権は別の手に握られる――いわゆる「傀儡政権」や「間接統治」が、くり返し現れた。
ここでも、問われるべきは同じである。表に立っているのは誰か、ではない。実際に支配しているのは、誰なのか、である。
■この話の意味
メフィラス星人が本当に欲しがったのは、地球そのものではなかったのかもしれない。いや、地球は欲しい。だが、それ以上に彼が必要としたのは、「地球人が、自ら譲った」という、一枚のお墨付きだった。力で奪うだけなら、彼の能力をもってすれば、造作もなかったはずだ。それでも彼は、たった一人の少年の「はい」に、最後までこだわり抜いた。
なぜか。奪っただけの支配は、奪われた側の恨みを買い、いつまでも揺らぎ続ける。だが、「譲り受けた」という形さえ整えば、その支配は、正当なものとして、長く居座ることができる。メフィラスがほしかったのは、地球を奪う力ではなく、地球を奪うことを正当化する、相手自身の承諾だったのである。
これは、グラムシの言う、同意による支配の、極限の姿だ。支配は、銃口だけでは完成しない。支配される側が「これでよいのだ」と頷いたとき、はじめて盤石になる。逆に言えば、その頷きが得られないかぎり、どれほどの力を見せつけても、支配は、正当性をまとうことができない。
だからこそ、サトル少年の拒絶は、決定的だった。彼は、メフィラスを撃ち倒したわけではない。ただ、頷くことを、拒んだ。その一点で、承諾によって完成するはずだった侵略は、永遠に未完のまま、宙づりにされたのである。
最も強い宇宙人が、あらゆる力を使い果たしてなお、最後まで手に入れられなかったもの。それは、いちばん非力に見えた少年の、心からの「はい」だった。
「禁じられた言葉」が突きつけるのは、こういうことだ。もし支配が、あなたの同意を必要としているのなら――その同意を与えないことは、どんな華々しい反撃にも劣らない、一つの確かな抵抗なのである。