■今回取り上げる話
「ウルトラセブン」の最終回、「史上最大の侵略(後編)」。多くの人が思い出すのは、瀕死のダンがアンヌに正体を明かす場面や、満身創痍のセブンが改造パンドンに挑む、あの最終決戦でしょう。
ですが、この回で、人類の勝敗を本当に左右したのは、セブンの拳ではありませんでした。それは、一人の老人が、会議室でついた、一つの嘘だったのです。
ゴース星人は、地球の地底にミサイル基地を築き、世界中の主要都市を、次々と火の海にしていきます。降伏しなければ、三十億の全人類を皆殺しにする――。地底のミサイルは、レーダーにも映らず、迎え撃つこともできません。地球防衛軍は、力では、まったく手も足も出ない。この、勝ち目のない状況を覆したのが、ヤマオカ長官の嘘でした。
■今回のテーマ
戦いの勝敗は、どちらが強いか、どちらの兵力が多いかだけで決まるわけではありません。
力でかなわない相手に、それでも勝つ道があるとすれば、それは、相手をだますことです。こちらの狙いを誤らせ、相手に判断を誤らせる。あるいは、決定的な一瞬まで、時間を稼ぐ。正面からぶつかれば負ける戦いを、相手の認識を操ることで、ひっくり返す。これは、卑怯な小細工ではありません。力で劣る側にとって、欺瞞は、ときに唯一の、そして最強の武器になります。
古い兵法書『孫子』に、「兵は詭道なり」という言葉があります。戦いとは、つまるところ、だまし合いだ、という意味です。そして同じ書物は、最も優れた勝ち方を、力でねじ伏せることではなく、戦わずして相手を屈服させることだと説きました。正面から殴り合う前に、勝敗の多くは、相手をどう誤らせるかで、すでに決まっている――。
この見方を、近代になって、実際の戦史から確かめた研究者がいます。バートン・ホエーリーは、過去の数多くの戦いを調べ、欺瞞が奇襲を生み、その奇襲が勝利を呼び込むことを示しました。相手をうまく誤らせた側は、兵力で劣っていても、勝つ確率がはね上がる。孫子が二千年以上前に言い切ったことを、近代の研究が、無数の戦例で裏づけたわけです。
「史上最大の侵略」のヤマオカ長官は、まさにこの戦い方を選びました。
■ストーリー
ゴース星人は、地底に築いた基地から地底ミサイルを発射し、モスクワ、ニューヨーク、ロンドン、パリを、次々と破壊していきます。捕らえたアマギ隊員を操って、地球防衛軍に降伏を迫る。降伏すれば火星の地底都市での生存を認めるが、拒めば全人類を皆殺しにする、と。
地底は、まったくの無防備でした。ミサイルは防ぎようがなく、防衛軍に、反撃の手立てはありません。降伏を拒んで無謀な反撃に出かねない隊員たちを抑え、ヤマオカ長官は、一つの策を口にします。各国の首脳を集め、対策会議を開く。ただし、それは本気の会議ではない。降伏を考えるふりをして敵を待たせ、時間を稼ぐための、芝居でした。その間に、キリヤマ隊長たちウルトラ警備隊に、敵の基地を探させる。
その狙いは、的中します。ウルトラ警備隊は、ついにゴース星人の基地を突き止めました。地球防衛軍は、時限爆弾を積んだ無人のマグマライザーを、地底の基地へと送り込みます。
一方、医務室を抜け出していたダンは、人類の窮地を知ります。基地に捕らわれたアマギを救うため、そして最後の戦いのため、駆けつけたアンヌに、自分がウルトラセブンであることを告げる。セブンは、爆発の寸前にアマギを救い出し、ゴース星人の基地は吹き飛びました。
ですが、そこへ、手足を機械化された改造パンドンが現れます。すでにセブンに、戦う力は残っていません。アンヌから真実を聞いたウルトラ警備隊は、セブンを「ダン」と呼び、援護に加わります。仲間の火力が稼いだ一瞬で、セブンは改造パンドンを倒し、M78星雲へと帰っていきました。
■現実世界の話
力ではなく、嘘で勝敗を決した戦いは、現実にもあります。
第二次世界大戦、連合軍がノルマンディーに上陸する直前のことです。連合軍は、ドイツ軍に、本当の上陸地点はノルマンディーではなく、ドーバー海峡に近いカレー方面だと信じ込ませる、大がかりな欺瞞作戦を仕掛けました。偽の部隊、偽の通信、偽の情報。それらを総動員して、ドイツ軍の目を、本当の狙いからそらしたのです。だまされたドイツ軍は、主力を上陸地点から遠ざけたまま動かせず、連合軍は、決定的な足がかりを築くことができました。
撃ち合いが始まる前に、勝敗の多くは、すでに決していた。相手に何を信じさせるか――その一点が、何万の兵よりも、戦況を左右することがあるのです。ヤマオカ長官が会議室で稼いだ時間も、これと同じ種類の、目に見えない武器でした。
■この話の意味
最終回の栄光は、すべて、ウルトラセブンのものになりました。人々が覚えているのも、赤い巨人の、最後の死闘です。
ですが、もう一度、順を追ってみてください。もし、ヤマオカ長官が時間を稼がなければ、ウルトラ警備隊は基地を見つけられず、マグマライザーは間に合わず、セブンがアマギを救う場面も、訪れなかった。すべての発端で勝ち筋を開いたのは、力では何もできなかったはずの老人が、会議室でついた、たった一つの嘘でした。
嘘が働いたのは、敵の目です。ゴース星人は、人類が降伏を考えはじめたと信じ込みました。だから、足元の地底を、無人のマグマライザーが基地めがけて掘り進んでいることに、最後まで気づかなかった。偽の会議に気を取られ、本当の危機への備えが、決定的に遅れたのです。
これは、地味な事実です。派手な光線も、巨大な怪獣も、出てきません。降伏を考えるふりをして、敵を待たせる――ただ、それだけ。ですが、力で完全に詰んでいた人類にとって、その嘘は、唯一残された武器であり、そして、勝敗を分けた一手でした。
だますことは、踏ん張りや勇気と、無縁ではありません。全人類の命を賭けて、敵の前で平静を装い、芝居を打ち続ける。あれもまた、銃を取るのとは別の形の、戦いでした。
「史上最大の侵略」は、一人の戦士が命を賭して地球を救う物語です。同時にそれは、いちばん大きな戦いの勝敗が、ときに、剣ではなく、一つの嘘で決まることを、そっと描いた一編でもあるのです。