■今回取り上げる話
ピグモンは、ウルトラシリーズでもとびきり愛される怪獣だ。だが、その魅力は見た目の愛らしさだけではない。
ピグモンは、戦えない。武器も持たず、巨大でもなく、レッドキングやジェロニモンと渡り合う力もない。そもそも、人間と怪獣の争いの当事者ですらない。それなのに彼は、二度にわたって、人間を守るために命を投げ出した。
戦うことだけが、誰かを助ける方法ではない。この小さな怪獣が見せたのは、戦わない者による貢献――支援という関わり方である。そして「小さな英雄」という作品は、まさに「戦えない者に価値はあるのか」という問いを、正面から描いている。
■今回のテーマ
誰かの安全に関わる方法は、戦うことだけではない。
国際政治学者ベルティル・デュネルは、介入を「戦闘的なものか、そうでないか」といった軸で整理した。実際、軍を率いて撃ち合うことだけが関与ではない。情報を伝える、危険を知らせる、人をかくまう、避難を助け、安全な場所へ導く――一発も撃たずに、当事者を大きく支える関わり方が、いくつもある。
そしてこの「戦わない貢献」は、しばしば軽く見られる。強くないから、派手でないから、役に立っていないように見えてしまう。「小さな英雄」が問うのも、まさにそこである。
■ストーリー
「怪獣無法地帯」では、多々良島へ向かった観測隊が消息を絶つ。救援に向かった科学特捜隊は、怪獣たちが支配する島で、人間に友好的な小さな怪獣ピグモンと出会う。
ピグモンは、生き残っていた測候所の観測員・松井をかくまい、科特隊をその場所へ導く。さらに、迫る怪獣の危険を必死に知らせ、人間を助けようとする。だが最後は、人間を守ろうとして、レッドキングの投じた岩の下敷きとなり、命を落とす。
そして「小さな英雄」。この回の本当の主役は、実はイデ隊員である。イデは深い悩みを抱えていた。「我々がどんなに頑張っても、結局怪獣を倒すのはいつもウルトラマンだ。僕がどんな新兵器を作っても、役に立たない」――強大なヒーローの前で、自分たち科特隊の存在意義を見失っていたのである。
そんなとき、ジェロニモンに誤って復活させられたピグモンが、怪獣軍団復活の計画を知らせに現れる。やがて始まった再生ドラコとの戦いで、ウルトラマンの助けばかりを当てにするイデの傍ら、ピグモンは身を投げ出し、再び命を落とす。
その亡骸を前に、ハヤタはイデを殴りつける。ピグモンでさえ、人類の平和のために命をかけて戦ったんだぞ――と。目を覚ましたイデは、自ら開発した新兵器スパーク8でドラコを撃ち抜く。いちばん弱い、戦えないはずのピグモンの死が、「自分には価値がない」と思い込んでいた男を、立ち上がらせたのである。
■現実世界の話
「戦わない貢献」は、現実の戦争でも、決定的な役割を果たしてきた。
第二次世界大戦中、ヨーロッパ各地のレジスタンスは、連合軍へ敵の配置や移動の情報を伝えた。占領地では、味方の兵士をかくまい、人々の避難を助けた。彼らは大軍を率いたわけではない。銃を取って前線に立ったわけでもない。それでも、情報・救出・避難の支援を通じて、戦争の行方に大きく関わったのである。
歴史を動かすのは、最前線で戦う者ばかりではない。その背後で、知らせ、かくまい、導いた、無数の「戦わない者」たちもまた、確かに関わっていた。
■この話の意味
ピグモンは人間ではない。レッドキングやジェロニモンの仲間でもない。本来、人間と怪獣の争いの当事者ですらない、戦う力もない小さな存在である。
それでも彼は、松井をかくまい、科特隊を導き、危険を知らせ、ジェロニモンの計画を伝え、最後は自らを盾にした。一発も撃たず、ただ支えることによって、人間の側に立ったのである。そして二度とも、自分の安全よりも、人を守ることを選んだ。
「小さな英雄」という題名は、もちろんピグモンのことだ。だが同時に、それは、自分を無力だと思い込んでいたイデのことでもある。戦って敵を倒す者だけが、英雄なのではない。知らせる者、かくまう者、導く者、支える者――戦えない小さな存在もまた、英雄になれる。ピグモンの二度の死は、その答えそのものだった。
前回の「宇宙指令M774」で見たのは、警告という戦わない関与だった。今回のピグモンが見せたのは、支援という戦わない関与である。戦うことだけが貢献ではない。「怪獣無法地帯」と「小さな英雄」は、最も小さく、最も弱い者の関わりが、ときに最も大きな意味を持つことを描いた作品なのである。